長い長い一年半であった。

 

結婚する前からハイヒールレッスンを受けていたが

ハイヒールコーチとなるべく、コンサルティングを受け始めたのは彼と出会った丁度同じ頃

 

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私の初Loubtain

Asami-Paris 14区時代のテラスにて 2015年

 

つまり、最初の出会いの時の私とは

生き方も

人生の軸も

生きる哲学も

 

全く異なってしまっていたのである。

 

その後半年で結婚し、同居を始めた時に

夜な夜なハイヒールレッスンを受ける私を

怪訝そうに見ていた。

 

私も仕事とハイヒールコンサルティングと家事

全てに必死で余裕がなかった

 

後に記す事としたいが、

ハイヒールコーチとしての志が欠けていた事も

今思えば大きな要因であった。

 

夜な夜なハイヒールレッスンを全力で受けている私に彼はこう言った

 

頭がおかしい

わざわざ辛いハイヒールで歩く意味が分からない

自分の周りでハイヒールを履いている人はほとんどいない

TPOをわきまえて、どこでもピンヒールをやめて欲しい

 

これが、男女問わず日本の世間一般の声だと痛感した

その時は、ひたすらごめんなさいと謝り

でもやらせて欲しいと何とか言い

迷惑だ、と言われながら

夜な夜なハイヒールレッスンを受けた

 

集中出来る筈がない

 

こうしてどんどん意欲を無意識に削がれていった

 

この〝無意識に“が一番厄介である

 

私も相手も気がついていないのだから

 

でも、その時は何の判断も出来ないほど

彼の言う日本基準が正しいように思えてしまっていた自分がいた